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  宇都宮ブリッツェン コラム【第27回】
 
 今年で33回目の開催となった国際自転車競技連合(UCI) 公認の国際レース「ツール・ド・北海道」。
昨年の第32回大会は、大会開催前日の未明に発生した北海道胆振東部地震の影響を考慮し、大会史上初の中止が決定。

その困難を乗り越えて再び歩みを始めた今年は、昨年予定されていた道北・道東地域での開催、コースもほぼ踏襲する形
での開催となった。


 宇都宮ブリッツェンは当初、今大会に増田成幸、鈴木譲、阿部嵩之、堀孝明、岡篤志の5選手で出場予定だったが、直前のシマノ鈴鹿ロードレースクラシックで阿部が負傷。

急遽、小野寺玲を招集することになった。


 ただ、北海道は2016 年に増田が最も名誉ある個人総合優勝を飾っている相性の良いレース。
また、来年の東京五輪日本代表選考の対象レースにもなっているので、増田がUCI ポイントを獲得することをチーム最大の目標掲げて3日間のレースに臨んだ。


 オープニングとなる第1ステージは、旭川市をスタートして新得町にゴールする185キロ。
3つのKOM(キング・オブ・マウンテン)を有していて、初日にして個人総合時間争いに大きな変動を生み出す可能性があった。レースは序盤にできた15人ほどの逃げ集団に小野寺が入ってレースを展開。

その後、有力選手勢が追撃の攻撃を開始した時に、増田がパンクに見舞われるアクシデントが発生。有力選手勢の動きに
乗り遅れる事態になった。


 そこから、ブリッツェンは全員で逃げ集団を猛追したが届かず、いきなり初日からタイム差を失うことになってしまった。

 続く第2ステージ、ブリッツェンはエースの増田自らが序盤から逃げ集団に入り、タイム差を挽回すべく逃げ切り勝利を
狙う積極的な走りを見せる。増田は最後まで逃げ集団で逃げ切りステージ5位でフィニッシュしたが、後方には増田をリードする選手を含むメイン集団が迫っておりタイムを奪うことはできなかった。


 最終ステージとなる第3ステージでも、増田は果敢に逃げ集団に入ってわずかに残る逆転の可能性に賭けて逃げ切りを狙ったが、残り20キロというところでメイン集団に吸収されてしまい、逆転は叶わなかった。

 初日のたったひとつのアクシデントが、望む結果を遠のかせることになった今年のツール・ド・北海道。

しかし、それがサイクルロードレースというものでもある。この悔しさは、次の機会で晴らす以外にない。
 

小森信道Komori Nobumichi
スポーツの感動を「コトバ」で読み解き、写真で伝える、編集事務所ハットトリックカンパニー代表。2011 年より宇都宮ブリッツェンオフィシャルとしてサイクルスポーツの取材を始め、現在では新聞連載やweb メディアにも数多く寄稿するなど活躍の幅を広げている。
サイクルメディアグループ「Porte au Village」メンバー。