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2021.07.20

建築士事務所の次世代を見据え、我々世代に課せられた課題(後編)

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「建築士の存在意義」が問われる時代に

一時代前であれば、設計事務所は比較的高い収入を安定して得られる仕事だったかもしれません。
しかしいま、建築設計事務所にとって「自分だけ良ければ」という時代は終わりを迎えようとしています。
これから先、建築士に求められる資質は「人・社会・環境」すべてに配慮し、倫理観を持って仕事に携わる姿勢であると、僕は考えています。

いうまでもなく、建築士は「士業」です。

士業とは、国家資格保持者による高度な専門性と公益性を有する職務の総称です。
建築士の場合、建築主のチェックが及ばない技術領域での安全性を確保し、人々の生命と健康、財産を守るため、国家の代理としての権限を与えられた資格といっても良いでしょう。


建築士をはじめとする多くの士業は今、人口減少という避けることのできない課題を前に、衰退への入り口に立っているというのが、自分の偽りなき実感です。
建築の世界でも建設需要の高まりと人手不足が重なり、かつて経験したことのない「施工者優位の市場」が形成されています。
と同時に、納期やコストに対する発注者の不安も拡大の一途をたどっています。
そのような不安に対する解決法の1つとして、設計施工一貫方式の「デザインビルド」や、「PFI」「ECI」といった新しい手法が登場し、その結果として、ゼネコンや大手建設会社が設計段階からプロジェクトに参画するケースが増加しています。
自分たちのような建築士を主体とする設計事務所が、公共事業や大規模施設建設に携わるには、これまで以上にハードルが高くなっているのです。

住宅設計においても、似たような状況が懸念されます。
設計施工を一括受注でき、営業力・技術力にも長けたハウスメーカーやビルダーや、アフターサービスに強みを持つ地元密着型の工務店との競争も激化しています。

それだけなく、核家族化や少子化、さらには都市部人口の増加などの要因が重なり、住宅需要は戸建よりもマンションの伸びが顕著となり、木造住宅を手掛ける設計事務所が苦戦を強いられる一方、大規模開発を得意とするゼネコンなどは景気を享受しているのです。

このような状況にある今こそ、「建築士の存在意義」が問われているのではないでしょうか?


建築士に「高い倫理観」が必要な理由

本来、建築士は「建築主の代理人」としての倫理観やプライドを持ち、高度な専門知識をもとに適切な施工のチェックを行い、建築主へと報告を行う役割を担っています。
ところが設計施工一貫方式では、ひとつの建設会社が設計から工事までを一括受注で受け持ちます。
この場合、建築にかかるコストや施工品質がブラックボックス化し、必要以上に高い見積額を提示されたり、されるべきチェックや報告がうやむやとなる可能性もあります。
建築主にとっては、目に見える部分はチェックすることはできても、内部的な瑕疵を見つけることは難しいでしょう。
そうなってしまうと、外観は立派でも構造的に問題を抱えた安全ではない建物が増える可能性が懸念されます。


設計施工一貫方式のメリットを見れば、コストも削減できるし、建築主の意思も明確に伝わるように思われるかもしれません。
ですが、設計業務を建築設計事務所に発注することにより、プロである建築士が数多くの施工会社・建築会社の中から得意不得意を見極め、適切な外注先に適正な価格で発注することができます。
さらに工事の監理監督にも責任を持つため、結果として品質の高い建物を価値に見合った適正コストで建てられるのです。
とはいえ、公共建築においても設計施工一貫方式が今後増えていくことでしょう。
その場合、税金を使って建てられ、かつ安全性や環境性能が求められる公共建築においては、発注者である行政側の担当者にも、高度な施工監理監督スキルが必須となります。
しかしそれらの人材を確保することが困難な自治体においては、担当者を補佐する「発注者支援業務」の要請が発生します。

これからの時代、こういった需要に応えていくことも、次世代を担う建築士として大切な責務となっていくに違いありません。

建築士の使命とは、公正中立な立場で発注者と施工業者の間に立ち、発注者の要求と、施工業者の提示する工期やコストの妥当性をジャッジメントし、安全な建物を建てるために責任を持って建築完了まで携わることに他なりません。

それこそが、「建築士に高い倫理観が必要」な理由です。


「士業」としてのプライド

建築士は「士業」であると述べましたが、「士」とはつまり「侍」を表しています。
かつての侍は高い志のもとに自分を律し、気高く生き、弱気を助け、大切なものを命をかけて守り抜いていました。

そのように尊い生き様だったからこそ、民衆からもその立場が認められていたのではないでしょうか。

「士業」もまた、単に国から与えられた資格というだけではなく、自ら率先して道徳観や倫理観に基づいて行動し、建築主である生活者や事業者を守る存在たることが求められていると思うのです。


建築士の仕事は、建築物が完成したら終わり、ではありません。
すでに建てられている建築物の安全性や耐震性をチェックしたり、老朽化したインフラの維持や防災・減災対策などを行い、人々の暮らしを守る大切な仕事です。
さらには地震や豪雨などの災害の際には、損傷したり危険性が高まった建築物を調査し、すみやかに復旧作業へとつなげる役割も担っています。

平時にあって人々の暮らしを見守ることはもちろん、有事の際にこそ、私たちが果たす責任はより大きくなり、建築士の存在意義が大切になってくるのです。
ですから建築士の減少とは、すなわち国力の衰えにも直結する大問題であると、僕は考えています。


次世代のために、今やれることをやろう

現在、一級建築士のうち約6割が50代を超えており、建築士業界は世代交代の時期を迎えています。

人口減少が続き、住宅や公共インフラの需要は確実に減少していく中、この先も建築士を志してくれる人材を確保していくためには、ベテラン建築士が引退していく前に僕たち青年世代が連携し、次世代の若手へと道をつないでいく必要があります。


残念ながら、ここ数年は建築士を志望する若者の数が減少傾向にありました。
しかしこのような担い手不足を背景に、建築士の資格制度にも変化があらわれています。

たとえば一級建築士の場合、これまでは4年制大学で指定科目を修めた、卒業後2年以上の実務経験を経てようやく受験資格を得られたのですが、2020年からは指定科目を修めた上で卒業すれば、実務経験なしに受験が可能となりました。
そして合格者は2年の実務経験の後、免許が交付されるようになったのです。
この制度改正により、受験者数が約20%増加するなど、先細りと思われていた建築業界にとって明るい兆しも見え始めてきました。
奇しくも新型コロナの影響により、資材高騰や納期遅延などの課題があらわになっています。

このことを機に、建築業界も将来に向け変わっていく過渡期にあるのではないでしょうか。
それを裏付けるかのように、デジタル化が遅れているとされる建設業界でも、IoTやAIの導入を推進する「Society 5.0(ソサエティ5.0)」が内閣府の主導で始まっています。

建築士が今後も社会から必要とされる存在であり続けるため、僕たち現役世代も様々な課題に取り組んでいくことが求められているのです。


「あの時なにやってたんだ」と言われたくない。

繰り返しになりますが、景気が良かった頃の感覚のまま「既得権」にしがみつき、自分のためだけに活動しているだけでは、これからの建築士業界は衰退の道を辿ることになるでしょう。

僕は、次世代の建築士たちが成長し、今の僕たちと同じ年頃になった時、すっかり勢いを失った建築業界を悲観した彼らに「お前らあの時なにやってたんだ」と思われたくない。

「かっこ悪い世代」だと言われたくないのです。


だからこそ、何もしないでいるより動いていたい。小さなことでも、動かなければ何も変わっていかない。
そういった想いに背中を押され、毎日少しずつでも行動し続けようと努力しています。

2020年は、鳥取・島根で「日本建築士事務所協会連合会」の全国大会が開催される予定ですが、様々な事情から一旦は今回の「青年話創会大会」を中止しようという流れとなりました。
しかし各地の若手たちが会長に直談判を仰いだ結果、僕たち世代の熱意を汲んでもらうことができました。

コロナ禍によって先が見えない状況ですので、通常通りの「青年話創会大会」となるかはわかりません。けれど、「リモートでの開催であれ、規模を縮小しての開催であれ、青年世代の交流は継続していくべき」。それが、会長と僕たち「青年部連絡協議会」の結論です。

続けていくことにこそ、意義がある。

そう信じて、僕たちはこれからも前を向いて進んでいきます。


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