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H.C.栃木日光アイスバックスコラム【第33回】
 

今季初先発となった開幕シリーズの対ひがし北海道クレインズ戦からGK福藤豊選手と交代でゴールマウスを守り、重要な試合でも白星を積み重ねた井上選手。

チャイナドラゴン(当時)でのデビューから、韓国のハイワン(当時)へと単身海外チームを渡り歩き、クレインズを経て日光へ。

新たな天地でのシーズンを過ごした今季、日光での戦いの風景は井上選手の目にどう映ったのか? 率直な思いを聞いた。



―今季は井上選手の凄さがより分かるシーズンとなりました。福藤選手と上手くローテーションを組んでシーズンを戦い抜きました。
 僕が出場した試合で勝ち越しとまでは行かず、それは悔しいですが、ある程度の勝ち点を挙げられたことは良かったです。


―常に準備を怠らない姿勢は若手のお手本、プロの矜持を見た気がします。
 福藤選手、龍(翔太郎)選手と同じチームでできているのは本当に大きかった。仲が良くコミュニケーションが深く取れていることはもちろんですが、彼らも試合があるなかで僕のサポートもしっかりとしてくれて。


 そういう意味では僕自身も「2人を助けつつもしっかりと結果を出さないと」、という緊張感は常にありました。福藤さんという日本を代表するゴーリーとともに1シーズン過ごすことができ、学べることが多かったし、自分自身手応えをつかんだ1シーズンでした。


―バックスに来て嬉しかったことは?
 様々な出会いがあったことがとにかく大きい。新たなチームメイトと戦えたというのもそうですが、日光の人たちとの交流が非常に密にできているというのもプロとして素晴らしい経験です。バックスに来て地元愛を肌で感じています。


―過去に対戦相手として日光に来たときはかなり厳しい声も飛んでいたが?
 そうですね。アウェー時はかなりプレッシャーを感じるリンクでしたが、いまはホームアドバンテージを一番感じられる場所になりました。


 チャイナやタイワンでは、お客さんがほとんどいない状況での試合もたくさん経験してきましたから。全日本選手権のタイトルを取れたこともそうですが、本当にこのチームに、アイスバックスに来ることができて良かったです。


―チームのイベントにも積極的です。先日はSLアイスバックストレインで、ファンと笑顔で接している姿が印象的でした。
 客車のなかで、じゃんけん大会をしたり、行き先の鬼怒川ではトークショーも行ったりしたのですが、どんなところにでも駆けつけてくれるファンが多くいらっしゃるのはすごいこと。別のチームにいた時もバックスに入ったら楽しいだろうな、と思っていましたがその通りでしたね。


―今季は15試合(1月末時点)に出場しましたが、来季の目標は?
 アジアリーグの初制覇に貢献することしか考えていません。そのためには安定したパフォーマンスを見せること。もっと多くの試合に出られるよう努力を重ねて、技術もメンタルも磨いていきたいと思っています。


 東京・東伏見のリンクで育ち、アジアリーグの厳しい試合を重ねるたびに、より大きく成長を果たして来た井上光明選手。彼がいることでチームにもたらされる安心感と貢献度は計り知れない。ぜひ彼と一緒にリーグ優勝という結果を手にしたいと心より思う。


井上光明INOUE Mitsuaki
1986 年7 月4 日生まれ、東京都出身、172cm / 65kg
チャイナドラゴン→High1→日本製紙クレインズ→H.C. 栃木日光アイスバックス
 

関谷智紀Sekiya Tomoki
1971 年生まれ。埼玉県入間市出身。
スポーツ番組ディレクターを経てライターに転身。
スポーツのみならず経済・IT、フードなどのジャンルで雑誌を中心に記事を執筆。
アイスホッケー取材は2004 年から続けている。